牧野 信一
波の戯れ
春、二三日のこと
春だつた――といふだけのことである。そんな日を特に選んで誌したといふわけではない。日誌を誌す要に迫られて、いきなり、その日のことを書き誌したものに過ぎない。だが、日が経つて、再びそんな稿を翻して見ると、無意識なる、凡々たる日録のうちにも、何か、再び廻り合せぬかの如き心の媚惑と、「物質の鉄則から釈放されたる宇宙」に向つての止め度もなき霊の推進器の飽くなき回転の響きを耳にする思ひがする、たゞ、それが春であつたがために――あゝ、わたしは、今日! 一体、これは何時の年の春だつたかしら?(July 1930)
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机に頬杖をして、ぼんやりしてゐると眼の前の腰窓がそつと開いて、冬子の顔が現れた。