牧野 信一
ガール・シヤイ挿話
僕(理科大学生)は、さつき玄関でチラリと娘の姿を見たばかりで一途にカーツと全身の血潮が逆上してしまつて(註、ガール・シヤイを翻訳すれば、美しい女を見ると無性に気恥かしくなつて口が聞けなくなる病――とでも云ふべきであらう。)慌てゝ自分の部屋へ逃げ込んでしまつた。
「おーい、二郎、来ないか?」
兄貴が呼んだ。僕はゾーツとした。――斯う逆上すると、それが何んな原因に依る感情であるか(有頂天の法悦にひたり酔つてゐた筈だツたが)――などといふことは反つて忘れてしまつて、厭世観に誘はれて来る。
僕は堅くなつて兄貴の部屋に入つて行つた。わざと何気ない素振りを装はうとする努力が、却つて僕の態度を堅くしてしまふのだ。