牧野 信一
ビルヂングと月
酒が宴の途中で切れると、登山嚢を背にして、馬を借りだし、峠を越えて村の宿場まで赴かなければならない。――私達はついこの間うちまで、そんな山中の森かげでたくましい原始生活を営んでゐた。冬のはじめから春にかけての一冬であつた。
今、私は都の中央公園の程ちかくにあるアパートの六階の一室で、窓から満月を眺めながら四五人の友達と雑談に耽つてゐる。
「が、何時も僕は運が好くて、その使ひ番が当つたのは、たつた一度しかなかつたよ、その一冬の間で――」
などと私は語つた。カードをまき、スペキユレイシヨンをとつた者が使ひに行くことにきまつてゐる。