牧野 信一

川を遡りて

私たちは、その村で一軒の農家を借りうけ、そして裏山の櫟林の中腹にテントを張り、どちらが母屋であるか差別のつかぬ如き出放題な原始生活を送つてゐた。

或朝テントの中の食堂で、不図炊事係りの私の妻が気附くと、パンが辛うじて、その一食に足りる程度しか無かつた! のを発見して、叫んだ。

「正ちやん――あたし、うつかりしてゐたのよ。済まないけれど、お午までに町まで行つて兵糧を仕入れて来て呉れない。」

「町へ行くのは何でもないけれど――為替は来てゐるの?」

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