牧野 信一
幽霊の出る宮殿
わたしはこの四五年来、少くとも一年のうちに二回以上は、全く天涯の孤独者であるかのやうな、そして深い寧ろ憂ひに閉ぢこめられたやうな姿で独り、登山袋に杖を突いて、遠方の景色にばかり見惚れてゐるかのやうな眼を挙げながら、すたすたとその山峡の村へ赴くのが慣ひである。
行先の村は、名称を誌したところで無駄に過ぎない程度の寒村で、いつもわたしは家族の者に向つても、出掛けの椽先で、遥かの山脈の一角に雲を含んで達磨型にそびえてゐる禿山の方角を、頤でさし、
「――あそこだよ。」
と云ふだけであつた。