牧野 信一
サロメと体操
学生であつた私は春の休暇で故郷の町に帰つてゐたが、うちでは勉強が出来ないと称して二三駅離れた海辺の村へ逃れてたつた独りで暮してゐた。そしてヘツペル先生へ長い手紙ばかりを書いてゐた。主に象徴的な文字で架空的な悩みを訴へるのであつた。間もなく先生からの便りで、わたしも君と共々に清澄な田園で祈りの生活を送りたいから適当な部屋を探して欲しいといつて寄こした。先生は最も敬虔なロマン・カトリツク教徒で、明快なる独身主義者であつた。私は東京の大学生である傍ら、横浜にあつた先生の私塾の語学の弟子であつた。たしか先生はそのころ四十五歳だと申されてゐたと思ふ。
夕暮時に私が、先生のその手紙を読んで泉水の傍らで腕組みをしてゐると、
「丁字の香ひが大変ね!」
と呟きながら、満里子が慌しい靴音をたてゝ石段を登つて来た。――「妾も今日からこゝの部屋を借りて、此方で勉強することにしたのよ。いいでせう?」