長谷川 時雨

旧聞日本橋

――老母よりの書信――

鼠小僧の家は、神田和泉町ではなく、日本橋区和泉町、人形町通り左側大通りが和泉町で、その手前の小路が三光新道、向側――人形町通りを中にはさんで右側大通りが堺町、及がくや新道、水天宮は明治七、八年から芝三田辺より来られ候。

三光新道が鼠小僧の家、母親と妹がすまつてゐて、妹には旦那があつて、その旦那の来てゐる時は、表のこうし戸の前に万年草の植木鉢が出してある。鼠小僧は小がらな、うすあばたのある、ちいさなよき男のよし、その母は引廻しの日にとうといお寺へ参つて坊さんになつたさうです。祖母さんの若いころには堺町に芝居が三座あり、その外人形座もあり、かげま茶屋といふものもあつたよしに候。

私は微笑した。こんなつまらない事ではあるが、他人のいった事が正しいような気がして無意識に従うことがある。実は、前章の末に書いた鼠小僧のくだんの中に、神田和泉町と書いたのは何処かに目に残っていた文字をそのまま書いてしまったのだった。講釈本からかも知れない。あるいは戯曲の台本などからかも知れない。

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