長谷川 時雨

旧聞日本橋

木魚の顔の老爺さんが、あの額の上に丁字髷をのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も滑稽であったろうが、そういうまた老妻さんも美事な出来栄の人物だった。顔は浜口首相より広く大きな面積をもち、身丈も偉大だった。

うどの大木という譬はあるが、若いころは知らず、この女はとても味のある、ずば抜けたばかげさを持った無類の好人物だった。

湯川氏が硫黄にこりだして、山谷を宿とし、幾年か帰らなくなってから、老妻さんはハタと生活にさしせまった。江戸人は瓦解と一口にいうが、その折悲惨だったのは、重に士族とそれに属した有閑階級で、町人――商人や職人はさほどの打撃はなかった。扶持に離れた士族は目なし鳥だった。狡いものには賺され、家禄放還金の公債も捲きあげられ、家財を売り食したり、娘を売ったり、鎗一筋の主が白昼大道に筵を敷いて、その鎗や刀を売ってその日の糧にかえた。

木魚のおじいさんの奥方も、考えたはてに、戸板をもってきて、その上でおせんべを焼いて売りだした。一文のお客にも、

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