牧野 信一
まぼろし
一
和やかな初夏の海辺には微風の気合ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。
「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへ ゆくへも知らぬこひのみちかな――か、今となると既にもうあの頃がなつかしいな、いや、満里のところの歌留多会がさ。」
「柄にもない眼つきをするない、こいつ!」
牧野 信一
一
和やかな初夏の海辺には微風の気合ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。
「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへ ゆくへも知らぬこひのみちかな――か、今となると既にもうあの頃がなつかしいな、いや、満里のところの歌留多会がさ。」
「柄にもない眼つきをするない、こいつ!」