牧野 信一
小川の流れ
一
或日彼は、過去の作品を一まとめにして、書物にすることで、読みはじめると、大変に情けなくなつて、恥で、火になつた。――身も世もなき思ひであつた。
就中、純吉といふ主人公が出て来る幾つかの作品では、堕落を感じて、居たゝまれなかつた。「純吉」が、他人をモデルにしたものでもなく、架空の人物でもなく、読む者に作者自身であるかのやうな概念を与へるのみか、作家自身の態度が充分そのやうな心組の許に、悪る騒がしいタツチで筆をふるつてゐるのが彼は、堪らなかつた。――彼にとつては、その作者である己れが、読者である己れに対してあまりな冒涜家であつた。
「純吉の小説」には屡々Y子といふ娘が現れた。純吉はY子に秘かな恋を感じてゐた。事毎にそれが裏切られてゐた。性格に強さを持たない純吉は、口の利き振りまでが常の純吉ではなしに、悉くY子の悪趣味におもねつてゐた。