石川 啄木

葉書

××村の小学校では、小使の老爺に煮炊をさして校長の田辺が常宿直をしてゐた。その代り職員室で用ふ茶代と新聞代は宿直料の中から出すことにしてある。宿直料は一晩八銭である。茶は一斤半として九十銭、新聞は郵税を入れて五十銭、それを差引いた残余の一円と外に炭、石油も学校のを勝手に用ひ、家賃は出さぬと来てるから、校長はどうしても月に五円宛得をしてゐる。此木田老訓導は胸の中で斯う勘定してゐる。その所為でもあるまいが、校長に何か宿直の出来ぬ事故のある日には、此木田訓導に屹度差支へがある。代理の役は何時でも代用教員の甲田に転んだ。も一人の福富といふのは女教員だから自然と宿直を免れてゐるのである。

その日も、校長が欠席児童の督促に出掛けると言ひ出すと、此木田は家の春蚕が今朝から上蔟しかけてゐると言つて、さつさと帰り仕度をした。校長も、年長の生徒に案内をさせる為に待たしてあるといふので、急いで靴を磨いて出懸けた。出懸ける時に甲田の卓の前へ来て、

『それでは一寸行つて来ますから、何卒また。』と言つた。

『は。御緩り。』

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