岡本 かの子
巴里の秋
セーヌの河波の上かわが、白ちゃけて来る。風が、うすら冷たくそのうえを上走り始める。中の島の岸杭がちょっと虫ばんだように腐ったところへ渡り鳥のふんらしい斑がぽっつり光る。柳が、気ぜわしそうにそのくせ淋しく揺れる。橋が、夏とは違ってもっとよそよそしく乾くと、靴より、日本のひより下駄をはいて歩く音の方がふさわしい感じである。巴里に秋が来たのだ。いつ来たのだろう、夏との袂別をいつしたとも見えないのに秋をひそかに巴里は迎えいれて、むしろ人達を惑わせる。そうなると、街路樹の葉が枯葉となって女や男の冬着の帽や服の肩へ落ち重なるのも間のない事だ。
ハンチングを横っちょにかむり、何か腹掛けのようなものを胸に当てたアイスクリーム屋のイタリー人が、いつか焼栗売りに変っている。とある街角などでばたばたと火を煽ぎながら、
――は、いらはい、いらはい、早いこと! 早いこと! アイスクリームの寒帯から早く焼栗屋の熱帯へ……は、いらはい、いらはい。
空には今日も浮雲が四抹、五抹。そして流行着のマネキンを乗せたロンドン通いの飛行機が悠長に飛んで行く。