田中 貢太郎
お化の面
怪談浪曲師浪華綱右衛門の家に、怪奇なお化の面があった。縦が二尺横が一尺で、左の眼は乳房が垂れさがったように垂れて、右の眼は初月のような半眼、それに蓬蓬の髪の毛、口は五臓六腑が破れ出た血に擬わして赤い絵具を塗り、その上処どころ濃鼠の布で膏薬張をしてあった。
それは初代林家正蔵が秘蔵していた物であった。その正蔵が百六歳の長寿を保って、沼津で歿くなった際、形見として弟子の中川海老蔵に与えたが、海老蔵は昭和五年の秋、女房に逃げられて、その苦悩のうちに病気になり、久しく病床に呻吟していたが、某日杖に縋って、弟子の綱右衛門の家へ現われ、
「人間は、今日在って明日無い命だ、これをおめえにやるぜ」
と云って風呂敷包の中から執りだしたのが、そのお化の面であった。綱右衛門は喜んだ。