田中 貢太郎
死体を喫う学生
北海道の○○大学は、後に農園があって、側面が運動場になっているが、その運動場の端れから農園にかけて草の堤が続き、そして堤の外は墓場になっていた。
年代は不明であるが、その大学に、某と云う学生がいた。色の蒼い脊のひょろ長い陰気な青年であった。その学生は何時も一人で、校舎や運動場の隅で瞑想にでも耽けっているようにぽつねんとしていたので、何人もその存在を認める者はなかったが、ただ一人Mと云う学生だけがそれを知っていた。と云うのは、Mと其の学生は寄宿舎の寝室が一所であるうえに、寝台が並んでいたがためであった。一行の寝室は二階の奥の部屋であって、そこには六つの寝台が置いてあった。
そんなことでMは其の学生を知っていたが、ただ朝晩の挨拶をかわすくらいのことで、無論郷里などは知らなかった。知ろうと思ったこともあったが、対手がひどく嫌うようにするから訊いてもみなかった。
それは霧の深い夜であった。その夜は何故か寝ぐるしかった。そして、やっと眠りかけたところで、微かな物の気配がしたので、Mはそっと眼をその方へやった。室は外の白い霧のために微かに明るかった。そこには学生が皆の寝息を窺いながら、寝台からおりて服を著けているところであった。