田中 貢太郎

前妻の怪異

長崎市の今博多町、中島川に沿うた処に、竹田と云う青年が住んでいた。そこは隣家の高い二階家に遮られて、東に面した窓口から、僅かに朝の半時間ばかり、二尺くらいの陽が射しこむきりで、微暗い湿っぽい家であった。

青年は東京で大学を終えて、暫く山の手に住んでいて帰って来たものであるが、結婚したばかりの美しい妻があり、生活の不安もないので、住宅のことなどはどうでもよかった。従って夫婦の間は情熱的で華かであった。

そのうちに妻が妊娠して、翌年になって男の子を分娩したが、ひどい難産のうえに産褥熱で母体が危険になった。青年は幾晩も眠らないで、愛妻を看護する傍、嬰児のために乳貰いに歩いた。病人は夫と嬰児を抱きしめて、

「死にたくない、死にたくない、私が死んだら、この児はどうして育つでしょう、それに阿郎も、阿郎も」

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