田中 貢太郎

位牌田

義民木内宗五郎で有名な甚兵衛の渡場のある処は、印西という処であるが、その印西の渡場から西へ十町ばかり往った処に、位牌田と云う田がある。それはその形が位牌に似ているところからその名が起ったもので、段別は一段八畝あって、土地がよく肥えているので、その田からは相当な収穫があがるが、その田を作る家は、毎年死人が出るので、二年とその田を続けて作る者がなかった。

そんなことで、その田は荒廃して、雑草が生い茂り、足を踏みいれることもできないようになった。ところで昭和二年になって、その位牌田を作ると云う者が出て来て、村の人たちを驚かした。

それは隣村の者で明治初年比、田舎角力で名を売った某と云う老人であった、その老人は体重が三十貫近くもあって、生れて以来薬と云う物を口にしたことがないと云うくらい頑健な男であった。しかし、幾度も不幸を眼前に見て来た村の人たちは、他事とは思えないので、その老人に思いとどまるように忠告する者もあったが、老人は一笑に附して頭から取りあげなかった。

老人は早速その田を耕して稲を植えた。そして、熱心に莠を除ったり肥料をやったりしたので、稲はよく稔った。

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