田中 貢太郎
唖の妖女
明治七年四月のこと、神奈川県多摩郡下仙川村浅尾兼五郎の家へ妖怪が出ると云う噂がたった。
それも一度や二度のことでなく、前年の五月から怪しい事が続くと云うので、県庁でも捨て置けずとあって、兼五郎の家へ人をやって取調さしたが、原因も判らず相変らず怪しい事が起った。そこで、県警察部でも兼五郎を召喚して、これ亦峻烈な取調をしたが、兼五郎の所為でないから、どうすることもできなかった。
某日のことであった。兼五郎の細君が台所で飯を焚いていると、突然釜がふわりふわりと天井の方へあがりはじめた。これには女房も蒼くなって、
「ああ、もしもし、そのお釜をお取りあげになることだけは、どうぞおゆるしくださいまし、どうぞお返しを願います。この通りでございます」