田中 貢太郎
亀の子を握ったまま
岩手県の北上川の流域に亀ヶ淵と云う淵があったが、そこには昔から大きな亀が住んでいて、いろいろの怪異を見せると云うので夜など往くものはなかった。
その亀ヶ淵の近くに小学校の教員が住んでいた。それは、伝兵衛と云う中年の男であったが、それが初秋の比、夕飯の後で北上川の網打ちに往って、彼方此方と網を入れてみたが、不思議に何も獲れなかった。伝兵衛は漁のない腹だたしさと、酒の酔いもいくらかてつだったので、
(そんことは迷信さ)
と云いながら亀ヶ淵へ往った。空には夕月があった。