田中 貢太郎
岩魚の怪
村の男は手ごろの河原石を持って岩の凹みの上で、剥いだ生樹の皮をびしゃびしゃと潰していた。その傍にはまだ五六人の仲間がいて潰した皮粕を円めて笊の中へ入れたり、散らばっている樹の皮を集めてその手許に置いてやったりした。
そこは木曾の御嶽つづきの山の間で、小さな谷川の流れを中にして両方から迫って来た山塊は、こっちの方は幾らか緩い傾斜をして山路なども通じているが、むこう側は女の髪をふり乱したような緑樹を戴いた筍に似た岩が層層として聳えていた。岩の上には処どころ石南花の真紅の花が咲いていた。谷の上に見える狭い空には午近い暑い陽がぎらぎらしていたが、谷底は秋のように冷びえしていた。
彼等は谷川の淵に毒流しをして魚を捕るために、朝早くから下の村から登って来て山椒の樹の皮を剥ぎ、樒の実や蓼などといっしょに潰して毒流しの材料を作っているところであった。
「これ程ありゃ、あまる程ある、もう、よかよか」と、皮粕を入れた笊を斜にしながら一人の男が云った。