田中 貢太郎

焦土に残る怪

昭和九年三月二十一日の函館の大火は、その日の午後六時から翌朝の七時まで燃えつづけて、焼失家屋二万四千戸、死傷者三千人を出したが、その時火に追われた市民は、猛火の中をくぐって安全な場所から場所へと[#「場所へと」は底本では「場戸へと」]逃げ廻った。しかし、風速三十メートルの烈風に煽られた猛火の中では、どうすることもできなかった。

山から海へ、避難民は続々としておしかけたが、そこでもまた猛火に包まれて焼死する者、或は海に入って溺死する者など、その惨状は全く眼のあてられないものがあった。

そのうちでも最も烈しかったのは、函館市の東南になった大森浜であった。従ってここには、多くの哀話とともに鬼魅悪い話が残っている。

深夜の海岸には、どこからともなくむせぶような、泣くような声が聞えて来る。青い鬼火が、そこにもここにもふわふわと浮んで、それが烈しい勢で町の方に飛んだり、焼け残った樹木の枝や電柱にあたってばらばらとくだけた。

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