水上 滝太郎

覚書

泉鏡花先生は、天賦の才能を以て、極めて特異な思想感情を、あますところなく文字に表現し盡しておかくれになつた。凡そいかなる作家と雖も、一作を成すや直に、何か表現し切れないものゝ胸に殘つてゐる、あと味の惡さに惱むのが普通だらうが、泉先生にはそれが無かつたらしい。或は、先生自身にはかゝる惱があつたかもしれないが、少なくともその作品には、さういふ痕跡を止め無い。作者と作品の間に過不足がない。讀者の側で何か物足りなく思ふならば、それは先生の持合せてゐないものを求めてゐるのであつて、先生が持つてゐながら表現し殘したものでは無いのである。

明治大正昭和を貫く我國近代文學を、くまなくあさり求めても、先生程描寫力の豐かな作家は外に無い。鴎外や漱石が、先生を第一位の小説家として推奬したのも、主として此の素晴らしい描寫力に敬服した故であらう。西洋古今の小説家中、最も逞しい描寫力を持つと極附のトルストイは、あらゆる場面、あらゆる人間を描いて、しかも心理描寫を伴ふ非凡の腕力を發揮したが、繪畫的描寫の一面丈を比べるならば、泉先生も亦彼に劣らぬ鮮かさを示された。但し、彼とこれと、西洋畫と日本畫の相違の存する事は言ふ迄もない。

先生は、小説は物語であると考へ、この點に多くの疑をさしはさまれなかつたやうだが、それにもかゝはらず先生の作品は、眞直に筋を語るものではなく、描寫に次ぐに描寫を以てする場面の展開を辿り、決して口から耳に傳へる風のお話にはならなかつた。描寫に自信を持つ先生の文章は、暗示にかくれる形態でなく、豐富な文字の數をつくして、執拗に殘りなく描かなければ承知しない。どんな事でも描いて見せるぞと先生はき

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