坂口 安吾

木枯の酒倉から

発端

木枯の荒れ狂う一日、僕は今度武蔵野に居を卜そうと、ただ一人村から村を歩いていたのです。物覚えの悪い僕は物の二時間とたたぬうちに其の朝発足した、とある停車場への戻り道を混がらがせてしまったのですが、根が無神経な男ですから、ままよ、いい処が見つかったらその瞬間から其処へ住んじまえばいいんだ、住むのは身体だけで事足りる筈なんだからとそう決心をつけて、それからはもう滅茶苦茶に歩き出したんです。ところが案外なもので(えてして僕のやることは失敗に畢るものですから)、見はるかす武蔵野が真紅に焼ける夕暮れという時分に途方もなく気に入った一つの村落を見つけ出したのです。夢ではないかと悦んで思わず快心の笑みを洩して居りますと村端れの一軒に突然物の破ける音がして、やがて荒れ狂う木枯にふわりと雨戸が一枚倒れるのを見ましたが、次の瞬間には真っ黒な塊が弾丸のように転げ出て、僕の方へまっしぐらに駈け寄ってくるのです。近づくのをよく見ますと、いやに僕によく似た――背が高く、毛髪は茫々とし、顔色は蒼白で、駈けてきた所為でもありましょうが、何となく疲労の色が額に漂っていて、妙チキリンなピジャマを着ているんです。一体こいつほんとに気狂いかしら、と無論僕はそう思いついたのですが、広い武蔵野の真ん中で紅々とただ二人照し出されてみますと、この怪物がばかに親密に見えるものですから、君、君、と僕は通りすぎるこの怪物を呼びとめました。ところがこの周章て者は僕の声などてんで耳に這入らないらしく尚も一散に弾となり地平線の向う側へ飛び去りそうに見えたものですから、僕も亦とっさにわあっというと一本の線になってこの男の跡を追いかけ

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