坂口 安吾
風流
今年いっぱい、日本諸国をかなり足まめに旅行した。人家と山の多いのが、目にしみる。
戦災をうけない都市が、戦災都市と同じように掘立小屋のマーケット街を新作し、屋台店で大道の半分を占領し、戦災都市の窮余の悲風をわざと再現しているのが異様であった。これを日本の風流というのかも知れんと考えた。
それが流行ならば穴居住宅にまで退行するのはそう面倒なことではなく、穴の中にカストリ銀座をつくって間に合せられる風流の持主ではないかと思ったのである。
流行によってそうなるのはまだしも見どころがあるが、ムリヤリ押しつけられた悪生活条件を甘受し、それになれ親しみ、間に合せることを人生の本義とみる気風があって、その気風から発した人生のたのしみ方が風流であるようにも思った。