泉 鏡花・泉 鏡太郎

片しぐれ

今も恁う云ふのがある。

安政の頃本所南割下水に住んで、祿高千石を領した大御番役、服部式部の邸へ、同じ本所林町家主惣兵衞店、傳平の請人で、中間に住込んだ、上州瓜井戸うまれの千助と云ふ、年二十二三の兄で、色の生白いのがあつた。

小利口にきび/\と立※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)る、朝は六つ前から起きて、氣輕身輕は足輕相應、くる/\とよく働く上、早く江戸の水に染みて早速に情婦を一つと云ふ了簡から、些と高い鼻柱から手足の爪まで、磨くこと洗ふこと、一日十度に及んだと云ふ。心状のほどは知らず、中間風情には可惜男振の、少いものが、身綺麗で、勞力を惜まず働くから、これは然もありさうな事で、上下擧つて通りがよく、千助、千助と大した評判。

分けて最初、其のめがねで召抱へた服部家の用人、關戸團右衞門の贔屓と、目の掛けやうは一通りでなかつた。

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