泉 鏡花
三人の盲の話
一
「もし/\、其處へ行らつしやりますお方。」……と呼ぶ。
呼ばれた坂上は、此の聲を聞くと、外套の襟から先づ悚然とした。……誰に似て可厭な、何時覺えのある可忌しい調子と云ふのではない。が、辿りかゝつた其のたら/\上りの長い坂の、下から丁ど中央と思ふ處で、靄のむら/\と、動かない渦の中を、見え隱れに、浮いつ沈みつする體で、跫音も聞えぬばかり――四谷の通りから穴の横町へ續く、坂の上から、しよな/\下りて來て、擦違つたと思ふ、と其の聲。
何の約束もなく、思ひも懸けず行逢つたのに、ト見ながら行過ぎるうち、其れなり何事も無しには分れまい。呼ぶか、留めるか、屹と口を利くに違ひない、と坂上は不思議にも然う思つた。尤も其は、或機會に五位鷺が闇夜を叫ぶ、鴉が啼く、と同じ意味で、聞くものは、其處に自分一人でも、鳥は誰に向つて呼ぶのか分らない。けれども、可厭な、可忌しい聲を聞かずには濟むまい、と思ふと案の定……