泉 鏡花

浅茅生

一

鐘の聲も響いて來ぬ、風のひつそりした夜ながら、時刻も丁ど丑滿と云ふのである。……此の月から、桂の葉がこぼれ/\、石を伐るやうな斧が入つて、もつと虧け、もつと虧けると、やがて二十六夜の月に成らう、……二十日ばかりの月を、暑さに一枚しめ殘した表二階の雨戸の隙間から覗くと、大空ばかりは雲が走つて、白々と、音のない波かと寄せて、通りを一ツ隔てた、向うの邸の板塀越に、裏葉の飜つて早や秋の見ゆる、櫻の樹の梢を、ぱつと照らして、薄明るく掛るか、と思へば、颯と墨のやうに曇つて、月の面を遮るや否や、むら/\と亂れて走る……

ト火入れに燻べた、一把三錢がお定りの、あの、萌黄色の蚊遣香の細い煙は、脈々として、そして、空行く雲とは反對の方へ靡く。

其の小机に、茫乎と頬杖を支いて、待人の當もなし、爲う事ござなく、と煙草をふかりと吹かすと、

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