泉 鏡花・泉 鏡太郎

魔法罎

一

峰は木の葉の虹である、谷は錦の淵である。……信濃の秋の山深く、霜に冴えた夕月の色を、まあ、何と言はう。……流は銀鱗の龍である。

鮮紅と、朱鷺と、桃色と、薄紅梅と、丹と、朱と、くすんだ樺と、冴えた黄と、颯と點滴る濃い紅と、紫の霧を山氣に漉して、玲瓏として映る、窓々は恰も名にし負ふ田毎の月のやうな汽車の中から、はじめ遠山の雲の薄衣の裾に、ちら/\と白く、衝と冷く光つて走り出した、其の水の色を遙に望んだ時は、錦の衾を分けた仙宮の雪の兎と見た。

尾花も白い。尾上に遙に、崖に靡いて、堤防に殘り、稻束を縫つて、莖も葉も亂れ亂れて其は蕎麥よりも赤いのに、穗は夢のやうに白い幻にして然も、日の名殘か、月影か、晃々と艶を放つて、山の袖に、懷に、錦に面影を留めた風情は、山嶽の色香に思を碎いて、戀の棧橋を落ちた蒼空の雲の餘波のやうである。

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