坂口 安吾
島原一揆異聞
(上)
島原の乱に就て、幕府方の文献はかなり多く残つてゐる。島原藩士北川重喜の「原城紀事」は最も有名であり、この外に城攻めの上使松平伊豆守の子甲斐守輝綱の「島原天草日記」を始め諸藩に記録が残つてゐるが、いづれも城攻めの側の記録であつて、一揆側の記録といふものはない。
尤も、一揆三万七千余人すべてが殺されて、有馬、有家、口之津、加津佐、堂崎、布津等の村々は住民全滅、現在の村民はその後の移住者の子孫であるから、一揆側の記録といふものが有り得ない道理であるが、裏切つて命拾ひした一揆側の将山田右衛門作や脱走の落武者もいくらか有つて、現に右衛門作の描いた宗教画は残つてゐる程だから、あながち記録がないとも言ひ切れまい。
籠城兵士の筆ではなくとも、一揆に同情しながら加担しなかつた村民や切支丹の遺した記録はないか。