坂口 安吾

文学のふるさと

シャルヽ・ペローの童話に「赤頭巾」といふ名高い話があります。既に御存知とは思ひますが、荒筋を申上げますと、赤い頭巾をかぶつてゐるので赤頭巾と呼ばれてゐた可愛い少女が、いつものやうに森のお婆さんを訪ねて行くと、狼がお婆さんに化けてゐて、赤頭巾をムシャ/\食べてしまつた、といふ話であります。まつたく、たゞ、それだけの話であります。

童話といふものには大概教訓、モラル、といふものが有るものですが、この童話には、それが全く欠けてをります。それで、その意味から、アモラルであるといふことで、仏蘭西では甚だ有名な童話であり、さういふ引例の場合に、屡々引合ひに出されるので知られてをります。

童話のみではありません。小説全体として見ても、いつたい、モラルのない小説といふのがあるでせうか。小説家の立場としても、なにか、モラル、さういふものゝ意図がなくて、小説を書きつゞける――さういふことが有り得ようとは、ちよつと、想像ができません。

ところが、こゝに、凡そモラルといふものが有つて始めて成立つやうな童話の中に、全然モラルのない作品が存在する。しかも三百年もひきつゞいてその生命を持ち、多くの子供や多くの大人の心の中に生きてゐる――これは厳たる事実であります。

青空文庫の作品カード