坂口 安吾

新作いろは加留多

いろは加留多には「ン」がない。多分ンで始まる言葉がないからだらう。ところが、四五年前、ンで始まる金言を発見したから、ついでに「いろは加留多」を作らうかと思つた。そのうちに忘れてしまつたけれども、又、正月が近づいたから、思ひだした。ンの金言を発見した次第は、次のやうなものである。

北原武夫が都新聞の文芸記者をやつてゐたときの話である。都の匿名欄には僕も時々書いてゐたが、題と匿名は編輯者に委せて、僕がこしらへたことはなかつた。

匿名も同じものを続けてゐると、忽ち看破られる。そのうへ知らない読者には、匿名だけが一本立で歩くやうになり、書いてる本人は、ねざめのいゝ話ではない。それで、ひところ、編輯者の方で、しよつちう匿名を変へてゐたこともある。

ところで、話は「アリマセン」の「ン」であるが、アリマセンなら何でもないが、ンだけ一つ切離して言つてごらんと言はれると、降参する。腹に力をいれて「ン」と言つてみると三分の二ぐらゐ風になつて洩れたやうで、甚だたよりない。つまり一語分の資格に欠けてゐるのである。だから、これを真正直に発音した方で、拍子が抜けて、「ン」の奴に馬鹿にされたやうな、間の抜けた感じなのだ。

青空文庫の作品カード