豊島 与志雄

小説集「白塔の歌」後記

本書に収められてる六つの小説は、みな、「近代伝説」として書かれたものである。

近代伝説とは、茲では、或る創作方法を謂うのであり、随って、作品の或る性格を謂うのである。

小説の苦渋があまりに多すぎるとするならば、その苦渋を乗り越えた愉しい境地はないものであろうか。人心があまりに老衰しているとするならば、その老衰を乗り越えた童心的な境地はないものであろうか。現実の重圧があまりに大きすぎるとするならば、現実の転位たる文学の世界に於て、その重圧を乗り越えて朗かに夢みる境地はないものであろうか。往々にして、愉悦や童心や夢想のなかにこそ、豊かな理念が生れるものである。――そういうところから、この近代伝説の試みがなされた。

近代伝説は、それ故、物語としての話や記録がもともとあったわけではなく、全くの創作である。本書の作品は支那に関するものばかりであるが、実は、世界各地に亘ってこの種のものを書きたいという志望を、作者は持っている。但し、それが果して書かれるかどうかは、今のところ分らない。

青空文庫の作品カード