泉 鏡花・泉 鏡太郎

麦搗

傳へ聞く、唐土長安の都に、蒋生と云ふは、其の土地官員の好い處。何某の男で、ぐつと色身に澄した男。今時本朝には斯樣のもあるまいが、淺葱の襟に緋縮緬。拙が、と拔衣紋に成つて、オホン、と膝をついと撫でて、反る。

風流自喜偶歩、と云ふので、一六が釜日でえす、とそゝり出る。懷中には唐詩選を持參の見當。世間では、あれは次男坊と、敬して遠ざかつて、御次男とさへ云ふくらゐ。處を惣領が甚六で、三男が、三代目の此の唐やうと來た日には、今はじまつた事ではなけれど、親たちの迷惑が、憚りながら思遣られる。

處で、此の蒋才子、今日も又例の(喜偶歩。)で、靴の裏皮チヤラリと出懸けて、海岱門と云ふ、先づは町盡れ、新宿の大木戸邊を、ぶらり/\と、かの反身で、婦が突當つてくれれば可い、などと歩行く。

樣子が何うも、ふびんや、餘り小遣がなかつたらしい。尤も地もの張と俗に號する徒は、懷中の如何に係はらず、恁うしたさもしい料簡と、昔から相場づけに極めてある。

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