久生 十蘭
魔都
一、古市加十[#「古市加十」は底本では「古川加十」]、月を見る事
並に美人の嬌態の事
甲戌の歳も押詰って、今日は一年のドンじりという極月の卅一日、電飾眩ゆい東京会館の大玄関から、一種慨然たる面持で立ち現われて来た一人の人物。鷲掴みにしたキャラコの手巾でやけに鼻面を引っこすり引っこすり、大幅に車寄の石段を踏み降りると、野暮な足音を舗道に響かせながらお濠端の方へ歩いて行く。見上ぐれば、大内山の翠松の上には歯切れの悪い晦日の月。柳眉悲泣といったぐあいに引っ掛っている。
件の人物は富国生命の建築場の角でフト足を止めて空を仰いでいたが、やがて、