久生 十蘭

蝶の絵

一

終戦から四年となると、復員祝いも間のぬけた感じだったが、山川花世の帰還が思いがけなかったせいか、いろいろな顔が集まった。主人役の伊沢元仏蘭西領事と山川の教え子だった伊沢の細君の安芸子、須田理学士、貿易再開で近くリヨンに行く森川組の笠原忠兵衛、シンガポールの戦犯裁判で、弁護団側のマレー語の通訳をしていた岩城画伯などがやってきたが、定刻をすぎても、当の山川はあらわれない。

伊沢は窓ぎわのソファで笠原と領事時代の話をしていたが、そのうちに、いいものを聞かせようといって、空色のラベルを貼った古色蒼然たるレコードを持ちだしてきた。

「テット・スキッパの『蝶』だ。あのころパリにいた連中は、忘れられぬ思い出をもっているはずだ」

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