久生 十蘭
一の倉沢
正午のラジオニュースで、菱苅安夫は長男の安一郎が谷川岳で遭難したことを知った。パアトナーは駒場大山岳部の大須賀というひとだったらしい。菱苅は安一郎が谷川岳へ行くことも、そんな男とパアティになったこともぜんぜん聞いていなかった。
食べかけていた弁当箱をおしやると、菱苅は登山口になっている土合駅の駅長に電話をかけた。
「お忙しいところ、申しわけないのですが、だいたいの状況を伺いたいと思いまして……遭難前後に、雨が降りましたでしょうか」
「午後二時から八時くらいまでの間に、相当な降雨がありました。土合で七〇ミリほど……」