久生 十蘭

ノア

第一回

交換船

霧のなかで夜が明けかけていた。暗い船窓の外が真珠母色になり、十月中旬のおだやかな海が白い波頭をひるがえして後へ流れているのがぼんやり見えてきた。

北米、中南米、カナダなどから引揚げた邦人二千四百名を乗せた第二回交換船の帝亜丸は時雨のような舳波の音をたてながら遠州灘を走っていた。山内竜平の船室では、義父にあたる野崎孝助と二人の息子が暗いうちから起きて、真剣な顔で何度目かの持物整理をやっていた。

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