久生 十蘭

淪落の皇女の覚書

第一部 皇帝の死刑

沼の多い雪の平原のむこうにペテルブルグの円屋根や尖塔が輝き、空のはてはフィンランドのほうへ低く垂れている。

一九一七年十一月、顔まで泥をはねあげた赤衛軍の一団が金色の象形文字や帝室の鷲のついたツァルスコイエ・セロの灰色の拱門をぬけ、降り積んだ雪を踏みながら重苦しそうに大通のほうへ行進して行く。弾薬車をつけた砲車や武装した労働者を満載したトラックがめまぐるしく行きちがい、大通の両側の畑で塹壕を掘っている。

ペテルブルグではメンシェヴィキがボルシェヴィキと戦っていたが、どの劇場も満員で、伊達な軍服を着た士官がホテルの撞球室で玉を撞き、貴婦人達はサロンに集ってツァーに復位して貰いたいとか、早く独逸の軍隊がやってくればいいなどと上品な声で話しあっていた。

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