久生 十蘭
顎十郎捕物帳
不知森
もう秋も深い十月の中旬。
年代記ものの黒羽二重の素袷に剥げちょろ鞘の両刀を鐺さがりに落しこみ、冷飯草履で街道の土を舞いあげながら、まるで風呂屋へでも行くような暢気な恰好で通りかかった浪人体。船橋街道、八幡の不知森のほど近く。
生得、いっこう纒まりのつかぬ風来坊。二十八にもなるというのに、なんら、なすこともなく方々の中間部屋でとぐろを巻いて陸尺、馬丁などという輩とばかり交際っているので、叔父の庄兵衛がもてあまし、甲府勤番の株を買ってやったが、なにしろ、甲府というところは山ばかり。勤番衆といえば名だけはいかめしいが、徳川もそろそろ末世で、いずれも江戸を喰いつめた旗本の次男三男。端唄や河東節は玄人跣足だが、刀の裏表も知らぬようなやくざ侍ばかり。