久生 十蘭
我が家の楽園
我が家の楽園
一
春雨の降る四月の暗い日曜日の朝、渋谷の奥にあるバラックの玄関の土間に、接収解除通知のハガキが、音もなく投げこまれた。
自分の家には、毛色のちがう名も知らぬひとがはいりこみ、当の持主の家族は、しがない間借りか借家で、不自由しながらゴタゴタしているのは、戦争に負けたせいだと思っても、あきらめきれるものではなかったろう。収用にかかっていた物件は、すべて講和発効と同時に返還されるだろうという噂は、前の年の暮れあたりから、そろそろと立ちかけ、知合いのなかには、わざわざ調達局まで念をおしに行ったひともあった。