石川 三四郎

浪

ルクリュ家へ

一九一三年の初夏のころであつた。或る土曜日の午後私はベルギーの首都ブリュッセル東北隅のエミール・バンニング町にポール・ルクリュ翁を訪問した。ベルを鳴らすと翁自身が扉を開いて迎へてくれた。ネクタイもカラも著けず上衣も著けず、古びたチョッキと縞もわからないシャツを纒うて

「よく來てくれました、待つてゐました。ツ・ミン・イ君は?」

といひながら、私を應接室に導いてくれた。前の土曜日に支那の友人楮民誼君に伴はれて初めて同家を訪問したが、その時は忙しくて話をしてゐられないから、次の土曜日に來てくれといふことであつたのだ。

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