高村 光雲

幕末維新懐古談

私は結婚後暫く親の家へ帰っていた。ちょうどそれを境にして彼の金谷おきせさんは穀屋の店を畳んで堀田原の家に世帯を引き取りました。

この家は私が戸主で、養母が住んでいるけれども、それはほんの名義だけのことであるから、万事は師匠の意見、またお悦さんおきせさんなど姉妹の都合の好いままに任せ、私は自分の家なる前回度々申した彼の源空寺門前の親たちの家にいることになりました。

もうこの頃では北清島町という町の名前など附いていた頃であった。

師匠東雲師の住居は駒形にあったが、その時分蔵前の北元町四番地へ転宅することになった。

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