中井 正一
壁
群青のところどころ剥げて、木目の寂びてあらわなる上に、僅かに仏像が残っている。みずからの渉跡を没することでみずから無の示す空寂の美わしさを現わす仏像を載せて、壁はみずからを時の錆にまかす。
なぜそこに壁があったのか。なぜそれに仏像が描かれねばならなかったのか。
壁があったのは、それは人が住むためにであろう。仏像が描かれたのは、その壁を通して、人がそれをそこに見たかったからであろう。かつて人間が巌で囲まれていた時は彼らは何ものかをその巌壁に刻み込んだ。彼らは壁の中にも常に何ものかを見透したかったのである。
壁は人の歴史の上でいろいろの意味をもってきたことであろう。ある時は風雨を浴びる劈壁として、ある時は寺院の冷たい壁として、宮殿のそれとして、城壁として、邸宅のそれとしてその平面の意味を常に変えている。