中井 正一
歴史の流れの中の図書館
何か急流のように流れている世の中である。大きな潮の高まりが、せき止めようもなく、高まってゆき、何ものもがその流れの中に、身をゆすぶっているような感じである。
この流れが何処から起り、何処に流れてゆくか、誰も見定めることができない。ちょうど潮の干満が、遠い遠い月の世界と関係があると、誰が想像し得たであろう。
しかし、この流れの中で、一つの事は間違うことなく見定め得る。経済機構の発展につれて、この電信、電話、写真、ラジオ、飛行機等の技術の発展は、この五十年間に考えようもない進歩をとげた。そしてこの事から、人間が個人生活だけを守るという生き方が、その根柢から崩れはじめたといえる。そして、集団的な生き方が「いや」でも「おう」でも、人々の生活の中に、大浪がかぶさるように雪崩れて来たといえよう。
個人的な生き方から、集団的な生き方に、生き方が移りつつあるといえるであろう。そして、この集団的生き方に、早くなっていった民族が、未だ個人的生き方でまごまごしている民族よりも、経済でも、軍事でも、何でも盛大になり、強力になってゆきつつある事は、よほど注意すべき事である。