折口 信夫

花の話

一

茲には主として、神事に使はれた花の事を概括して、話して見たいと思ふ。

平安朝中頃の歌の主題になつて居た歌枕の中に、特に、非常な興味を持たれたものは、東国の歌枕である。

東国のものは、異国趣味を附帯して、特別に歌人等の歓迎を受けた。其が未だに吾々の間に勢力を持つて居る。譬へば関東には「迯げ水」の実在が信ぜられて居た。それは、先へ行けば行く程、水が逃げて行くと考へられて居たものである。又「入間言葉」なども、大分後になつて、歌枕に這入つて来た。其は、人の言葉を何でも反対に言ふと信ぜられて居るものである。「ほりかねの井」など言ふものも、後になつて出来た。下野には「室の八島」がある。此類のものは他にも沢山ある。旅行者が、旅路の見聞談を敷衍して話した為に、都の人々は非常な興味を持つて居た。「常陸帯」の由来も其一つである。総じて東国のものは、奥州に跨つて、異国趣味を唆る事が強かつた。

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