高村 光太郎

詩について語らず

詩の講座のために詩について書いてくれというかねての依頼でしたが、今詩について一行も書けないような心的状態にあるので書かずに居たところ、編集子の一人が膝づめ談判に来られていささか閉口、なおも固辞したものの、結局その書けないといういわれを書くようにといわれてやむなく筆をとります。

ところが、書けないといういわれを書こうとするとこれが又なかなか書けません。なぜ書けないかがはっきり分るくらいなら、当然それは書けるわけであり、本当はただいわれ知らずに書けないのだという外はないのでしょう。

詩は書いていながら、詩そのものについて語ることが今どうしても出来ないのです。どうしてでしょう。以前には断片的ながら詩について書いたこともありましたが、詩についてだんだんいろいろの問題が心の中につみ重なり、複雑になり、却て何も分らなくなってしまった状態です。今頃になってますます暗中摸索という有様なのです。

元来私が詩を書くのは実にやむを得ない心的衝動から来るので、一種の電磁力鬱積のエネルギー放出に外ならず、実はそれが果して人のいう詩と同じものであるかどうかさえ今では自己に向って確言出来ないとも思える時があります。明治以来の日本に於ける詩の通念というものを私は殆と踏みにじって来たといえます。従って、藤村――有明――白秋――朔太郎――現代詩人、という系列とは別個の道を私は歩いています。詩という言葉から味われるあの一種の特別な気圧層を私は無視しています。私は生活的断崖の絶端をゆきながら、内部に充ちてくる或る不可言の鬱積物を言語造型によって放電せざるを得ない衝動をうけるのです。このものは彫刻絵画の本質とは全く違っ

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