寺田 寅彦

映画雑感(Ⅶ)

一 影なき男

一種の探偵映画である。しかしこの映画のおもしろみはストーリーの猟奇的な探偵趣味よりもむしろウィリアム・パウェルという男とマーナ・ロイという女とこの二人の俳優の特異なパーソナリティの組み合わせと、その二人で代表された特異な夫婦間の情味にかかっているというのが定評となっているようである。ある人はこの夫婦の関係を一種のソフィスティケーションと見ている。その意味は、こうしたものの内容には、一面においては人為的、不自然、不純真、似而非、贋造といったようなあまりかんばしくない要素を含んでいるが、また一面においてはそうしたかんばしくないものを、もう一ぺんひっくりかえして裏から見たときに、その背面から浮かび出して来る高次元に真なるもの純なるものの高次元の美しさおもしろさを認識することができるというのであろう。換言すれば、月並みな陳套な正札付きの真実よりも、うそから出た誠にかえってより多くのより深き真実を見いだすこともありうるという意味で、こうした言葉を使っているのではないかと想像される。

この夫婦のように、深く相愛して愛におぼれず、堅く相信じて信に甘えないというのは、アメリカ人の目にはよほど珍しく目新しい一大発見として映ずるかもしれないが、日本人には実は少しも珍しくもなんともない、むしろ規準的な夫婦関係のスタンダードであったのではないかという気がする。もっとも事実上はこの規準的関係の実現は存外困難であった。そうしてむしろかえってさんざん道楽をし尽くしたような中年以上のパトロンと辛酸をなめ尽くして来た芸妓との間の淡くして深い情交などにしばしば最も代表的なノルマールな形で実現されたも

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