若山 牧水
みなかみ紀行
十月十四日午前六時沼津發、東京通過、其處よりM―、K―、の兩青年を伴ひ、夜八時信州北佐久郡御代田驛に汽車を降りた。同郡郡役所所在地岩村田町に在る佐久新聞社主催短歌會に出席せんためである。驛にはS―、O―、兩君が新聞社の人と自動車で出迎へてゐた。大勢それに乘つて岩村田町に向ふ。高原の闇を吹く風がひし/\と顏に當る。佐久ホテルへ投宿。
翌朝、まだ日も出ないうちからM―君たちは起きて騷いでゐる。永年あこがれてゐた山の國信州へ來たといふので、寢てゐられないらしい。M―は東海道の海岸、K―は畿内平原の生れである。
「あれが淺間、こちらが蓼科、その向うが八ヶ岳、此處からは見えないがこの方角に千曲川が流れてゐるのです。」
と土地生れのS―、O―の兩人があれこれと教へて居る。四人とも我等が歌の結社創作社社中の人たちである。今朝もかなりに寒く、近くで頻りに山羊の鳴くのが聞えてゐた。