高村 光太郎
珈琲店より
例の MONTMARTRE の珈琲店で酒をのんで居る。此頃、僕の顔に非常な悲しみが潜んでゐるといつた君に、僕の一つの経験を話したくなつた。まあ読んでくれたまへ。
OP※(アキュートアクセント付きE)RA のはねたのが、かれこれ、十二時近くであつた。花の香ひと、油の香ひで蒸される様に暖かつた劇場の中から、急に往来へ出たので、春とはいひながら、夜更けの風が半ば気持ちよく、半ば無作法に感じられた。
AVENUE DE L'OP※(アキュートアクセント付きE)RA の数千の街灯が遠見の書割の様に並んで見える。芝居がへりの群衆が派手な衣裳に黒い DOMINO を引つかけて右にゆき、左に行く。僕は薄い外套の襟を立てて、このまま画室へ帰らうか、SOUPER でも喰はうか、と M※(アキュートアクセント付きE)TRO の入口の欄干の大理石によりかかつて考へた。
五六日、夜ふかしが続くので、今夜は帰つて善く眠らうと心を極めて、M※(アキュートアクセント付きE)TRO の地下の停車場へ降りかけた。籠つて湿つた空気の臭ひと薄暗い隧道とが人を吸ひ込まうとしてゐる。十燭の電灯が隧道の曲り角にぼんやりと光つてゐる。其の下をちらと絹帽が黒く光つて通つた。僕は降りかけた足を停めた。画室の寒い薄暗い窖の様な寝室がまざまざと眼に見えて、今、此の PLACE に波をうつてゐる群衆から離れて、一人あんな遠くへ帰つてゆくのが、如何にも INHUMAIN の事の様に思へてならなかつた。