佐藤 惣之助

日本の釣技

一

最近都市居住者の中に、恐ろしい勢ひをもつて流行してゆくものの一つに「釣り」がある。そして一部の識者の間には、※(始め二重括弧、1-2-54)釣りをスポーツ化せよ※(終わり二重括弧、1-2-55)の叫びがあり※(始め二重括弧、1-2-54)スポーツ天国、釣り味※(終わり二重括弧、1-2-55)を高唱する人さへ出て来た。

臨海国としての日本が、その周囲にスポーツ味のある釣りを、今更発見したやうに騒ぎ立てるのも妙であるが、元来遊釣といふものがその生活環境とよく同化してゐて、何等の特殊な感興も認めず、永い間やつて来たので、全く今日のやうに人々の興味を惹くことが少なかつたに起因してゐる。誰しも子供の時には鮒ぐらゐ釣つてゐる。ハゼやタナゴも釣つてゐるので、釣技といふものは決して珍らしいものではない。そこで※(始め二重括弧、1-2-54)何だ、釣りか※(終わり二重括弧、1-2-55)といふ事になつて、釣りをする程人々が有閑的で無くなつた。ところが最近は又生活が極度に忙しくなつて、人間が事務的、機械的になると、その反動でこの原始的で有閑味のある「釣り」が恋しくなり、土曜、日曜には、一日ゆつくり谿谷や海上で「釣り」を楽しまうといふ人々が続出して来た。

歴史的に見ても、釣りを遊びとして認めたのは、やつと徳川期になつてからであつた。神話時代には、神功皇后が船待ちの徒然に、裳の糸をぬかれて、初めて鮎をお釣りになつたと云はれてゐるが、その後の海幸山幸の話にしても、今でも石器時代の骨の釣針が貝塚から出ると同じで、原始生活者にとつては「釣り」は生活の一部であつた。魚を食料とする需用上の事で、決して反動的

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