中原 中也
散歩生活
「女房でも貰つて、はやくシヤツキリしろよ、シヤツキリ」と、従兄みたいな奴が従弟みたいな奴に、浅草のと或るカフエーで言つてゐた。そいつらは私の卓子のぢき傍で、生ビール一杯を三十分もかけて飲んでゐた。私は御酒を飲んでゐた。好い気持であつた。話相手が欲しくもある一方、ゐないこそよいのでもあつた。
其処を出ると、月がよかつた。電車や人や店屋の上を、雲に這入つたり出たりして、涼しさうに、お月様は流れてゐた。そよ風が吹いて来ると、私は胸一杯呼吸するのであつた。「なるほどなア、シヤツキリしろよ、シヤツキリ――かア」
私も女房に別れてより茲に五年、また欲しくなることもあるが、しかし女房がゐれば、こんなに呑気に暮すことは六ヶ敷からうと思ふと、優柔不断になつてしまふ。
それから銀座で、また少し飲んで、ドロンとした目付をして、夜店の前を歩いて行つた。四角い建物の上を月は、やつぱり人間の仲間のやうに流れてゐた。